方向音痴 → 迷うとは?・アナログ表象とデジタル表象・都市と田舎

昨日に引き続き「方向音痴」についての論考。
今日はちょっと違う方向に展開します。
迷子の情報論。



---以下転載---

「どうして人は道に迷うのか?」

たぶん空間工学的には、
今いる身の回りの空間と行動、目的地を含む空間の全体像、
それらの関連付けが損なわれた状態として定義できる。
その関連付けに必要な情報はどのような質のもので、
それがどのような場合に損なわれるのか、という問題だ。

空間や行動を表象する情報には、情報論的にものすごく大雑把に分けると、
視覚を表象する具象的なものと、行為や抽象的な意味内容を表象するものがあって、
情報の機能的な特性から、前者を類似的(アナログ)表象、
後者を離散的(デジタル)表象と表すことができる。

この両者は、それが失われるしかたと、
失われた時の影響に大きな違いがあるのだ。

前者のアナログ表象は、例えば遠くに見える山や海などのランドマークや風景、
それに関連する身の回りの地形や道や町並み、覚えている地図情報など。
これらの表象やそれによって成り立つ関係性が損なわれる場合、
それは完全になくなるのではなくて、薄れて曖昧になるという形で損なわれる。

つまり多少曖昧でおぼろげになったとしても、
関連付けが致命的に損なわれる可能性は少ないということ。

デジタル表象は、例えば施設の名称だったり地下鉄の出口やバス路線の番号など、
あるいはアナログ表象と有効に関連付けられていない方角や特定の行為、手続きなど。
これらは特定の表象を丸ごと忘れてしまったり、
それによって前後の関係が決定的に断絶してしまう可能性が大きい。

デジタル表象は、都市空間のような複雑な現象を集約的に処理し、
効率的に行動するためには不可欠だが、同時にそのような欠点がある。
一般に、田舎と比べて都市で道に迷いやすいのは、
単に空間が複雑だというだけではなくて、
行動の根拠としてそのようなデジタル表象を用いている頻度が高いからなのだ。

また、空間の違いと平行して個人の違いも推論出来る。
行動の根拠としてアナログ表象の扱いに長けている人は、
複雑な都市空間においてもそれらを駆使していて迷いにくいだろうし、
デジタル表象に依存しがちな人は
田舎でもアナログ表象を有効に活用できずに迷いやすいのではないか。

ということから、道に迷わないための処方箋として導かれるのは2つ。
ひとつは出来るだけアナログ表象を用いること。
もうひとつは、デジタル表象を使う場合に、
一つ忘れても大丈夫なように複数の情報で保険をかけておくということ。
まあ、あたりまえと言えばあたりまえだが。

方向音痴 → 抑圧・知性・発想力・無意識

またTwitterからの転載。
後半、拡散気味で収拾がつかなくなりそうになったので、
とりあえずここまでのまとめ。



---以下転載---

方向音痴の人もそうでない人も見てる景色は同じ。
つまり必要な情報は実はちゃんと目の前にあって、目にその光は届いてるし、
視神経はその情報を脳に送ってるのだが、それを脳が勝手に削除してるってことだ。

情報を勝手に削除する脳というのは心理学的に言うと無意識と抑圧。
「こっちの方角が正しい」という思い込みが出来上がってしまうと、
それを反証する現実の情報が入ってきても無意識がそれを抑圧してしまうのだ。

方向音痴に限らず、ある種の前提や思い込みに反する情報を無意識的に無視してしまうという
(非)思考パターンは多かれ少なかれ誰にでもあって、そのしくみはやはり抑圧として説明出来る。
世間の常識や規範、あるいは厳格な親や先生などの抑圧的な環境はその原因の一つ。

生存戦略として、規範に反する志向や感情を押し殺さなければならない状況が続くと、
現にその押し殺しているという事実は自覚されなくなる。
そのような志向や感情ははじめからなかった事になる。
同様の(非)思考パターンとして方向音痴も説明出来るのではないかな。

そうすると一般に言われるように、女性に方向音痴が多い理由も、生得的な要因ではなく、
社会的抑圧を要因とする説明も可能ではないか。
同様に、勝手な妄想や思い込みが目の前の現実より重きが置かれるような思考パターンについても。



さらに敷衍すると、規範や常識を打ち壊すようなアイディアがどこから生まれるか、
発想力やクリエイティビティについても重要なヒントが隠されている気がする。
要は無意識が今抑圧しようとしているまさにその情報が、
アイディアの種であり知的ブレイクスルーの扉なのだ。

自らの蒙昧さを自覚するまさにその地点こそ知性の発現の場である、
というのはまさにこのことだ。
蒙昧さとはつまり無根拠な前提や思い込みのことではなく、
その反証を抑圧しようとする自らの無意識のことだ。

発想力のある人というのはその種を見つけるのが上手いわけだが、
それは入ってくる情報を端から端までスキャンして探し回るというようなプロセスではなくて、
自身の無意識が何かを抑圧しようとしている、まさにその現場を押えるような行為なのかも。

そういう回路をなんとかして身につけた人のことを知的というのかも。
そういう回路の事を知性というのかも。

となると、発想力を涵養するにはある程度以上の抑圧的な環境が必要だというのにも納得がいく。
抑圧がなければその現場を押えることもできない。
抑圧的な時代ほど表現が前衛的になるのは、単に鬱屈や反動としてではなくて、
そのような知性のしくみとして説明されるべきだ。

こどもの知性や発想力を伸ばそうと意図されたゆとり教育が、思うような効果が得られないどころか、
そのような回路の獲得にはむしろ妨げになりそうなことも、つまりそういうことなのだ。

フロイトの精神分析では無意識を観察するには分析医との対話が不可欠だ。
コミュニケーションが発想力を後押しするのも、他者の視線がそういう回路を開く契機となるからだ。

水槽更新-19

遅々として全く進展のないサンゴ水槽ですが、
冬になって水の蒸発量が半端なくなってきたので
ガラス蓋を設置しようとショップに注文。

オープンなままだと一日でたぶん2リットルぐらい蒸発してて、
これがもう部屋の結露が尋常じゃないんですよ。
RO水作るのも大変だし。
水温下げたらちょっとは緩和するけど、そういうわけにもいかないしね。

んで今日やっと届きました。
一応ADAの純正のヤツなんだけど、思いの外安かった。
ネットのガラス屋にカット頼むより安い。
まあ、高透過ガラスじゃなかったし、ホントは隙間を最小限にしたかったんだけど、
とりあえずはこれでいいや。




そしたら蓋して3時間で水滴がこんな感じ。
やっぱりオーバーフロー管まわりが一番酷いみたい。

これで結露収まってくれたら良いけどなぁ。

テンプレートいじってみた

  • Day:2011.12.10 14:52
  • Cat:Apple
しばらくテンプレートは換えなかったのですが、
シンプルで良いのがあったので変更。

もともと比較的文字のバランスは良い感じだったんですが、
iPhoneでの表示を意識して、一部調整してます。
タイトルとかプラグインとか。

これだとiPhoneの4以降では拡大しなくても読みやすいはず。
んでかつMac上でも変なデカ文字にならないように、って感じで。





それにしても、Macで見るとiPhoneの画面ってこんなに大きいのか。
326ppiってやっぱスゴいな。

川南造船所

ものすごく久々の廃墟ネタ。

廃墟マニアにはよく知られた伊万里の川南造船所跡
(正確には川南工業浦崎造船所)がいよいよ解体工事に入るようです。

佐賀新聞の記事はこちら
最終的には建物の一部を保存しながら緑地公園にする計画。
保存個所を検討する調査はもう終わったのかな?
解体予算もついたみたいなので、すぐ取り壊しが始まるのでしょう。

場所はこちら
国道沿いなので特に関心のない人でも見たことある人は多いんじゃないでしょうか。
11月に工事業者が入って、現在は樹木が伐採された状態。
廃墟写真としては、ほとんど森と化していた伐採前の状態を撮っておくべきだったと悔やむ。
でもまあ現状も「剥き出し」の迫力があります。

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