今年の和白は大丈夫か?

前回の伊万里はまあ釣りのついでって感じだったので、
実質、今回が今シーズン初の潮干狩りってことで。

やっぱりまずは和白干潟です。
干潮は17時なので、14時ぐらいに到着。

数日前から予報で寒くなりそうだと気になってはいたんだが、
案の定、最高気温は10℃までしか上がらず、
北西の寒風がビュービュー!

しかも海上では遮るものが何もない。

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まあ実際は、真冬用の釣りの装備に身を包んで、
掘ってると体は温まるので、そこまで過酷じゃない。
ただずっと下向いてるので鼻水が止まらない。

人もさすがにほとんどまだ来てなかった。
見渡す限り全部で15人ぐらいだったと思う。

で、おまけにアサリも少ないのだ。
人がまだほとんどいないので、サイズはまあまあだけど、
去年は1日で7〜8kg取れてたんだが、
それと比べると1/3もいない感じ。

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これから増えたりするのかなぁ?
これまでの経験からするとそんな事もないような。
和白が不漁だと痛いんだがなぁ。

あちこちいそうなとこを探しまわって、
4時間ぐらい頑張ってなんとか3kgほど確保。

帰って砂抜き中。
水温が低いのか?いまひとつ開きが悪い。

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それでも定番のキムチ入り酒蒸しは美味かった♪

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さて次はどこかな?
熊本まで行くか苅田あたりか。

唐津→生月→伊万里

久々に海に出る時間が取れたので、
唐津→生月→伊万里のフルコース。

結果は今ひとつだったけど、
久しぶりにいろいろと情報収集できて良かった。

まずは土曜日の夜10時ぐらいに唐津の松浦川河口に到着。
3時間ぐらい粘ってみたけどアタリ無し。

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気温3℃の中で回遊待ちはさすがに辛いな。
唐津って福岡と比べてやたらと冷え込むのよね。
もうちょっと暖かくなって、
夜の気温が10℃近くになると魚っ気出てくるんだけど。
まあこれからしばらく、天気と潮見ながら通いましょう。


んで日曜の夜明け前に生月島に上陸。
壱部の桟橋では3、4cmのベイトにマルが着いてた。
けどルアーには1回コツンと触っただけ。

夜が明けて壱部の赤灯台。
やはりルアーのサイズが合わないのか、
堤防際でベイト追ってる魚はアタリが渋くてなかなか乗らない。
で、沖目に彷徨いてるヤツがいないか探して、
なんとか1本ゲット!

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70cmジャスト。
この時期にしてはなかなかのプロポーション。
肉厚で脂も乗ってた♪


下げ潮になってからヒラ狙いで西磯を転々と探ってみるが、
だんだん風が強くなって、ちょっと手に負えなくなってきた。
ゴロタの方、波だけなら良い感じだったんだけどな。
これはウータジリ。

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ただハエ根にはちょっと降りる気になれない。
上から見てる分には綺麗だけど、
この波はさすがに怖いな。

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その後、大バエの東側に降りてしばらくやってみたけど、全く反応なし。
先行者に何人か聞いてみた範囲では50cmぐらいのが1本上がってただけだった。
西側はベイトいないのかな?

大バエの駐車場で、ツワブキ採りに来た松永さんとちょっと話す。
イカすくいしたかったぁ。

というわけで生月島を後にする。

3時過ぎぐらいに伊万里湾の某潮干狩りポイントに到着。
ここは砂浜のなかのごくごく狭い範囲にだけ
ハマグリがいるという不思議なポイント。
なのでシーズン初期に行かないと取り尽されてしまうのだ。

2時間ぐらい掘って1kgぐらい確保。
そんなに大きいのはいなかったけど、
食べ頃の型揃いです。

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初物は美味しくお吸い物で頂きました♪

柳宗理

こないだ出席した結婚式の引き出物で、
アイテムの中にあったので選んでみました。

年末に亡くなった柳宗理の可愛いフライパン。
南部鉄器です。

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何作ろうかな。

しかしこんな小さいのにめちゃ重たい。
極端に短い取手はオーブンとかに入れれるようにかな?
この重さを強調するためにわざとやってるような気もする。
宗理ってこういう「小憎らしい」事するよねぇ。
会った事もないけど、捻た理屈屋なイメージ。

デザイナーとして尊敬してはいるのだが、
今ひとつのところで好きになれない理由でもある。

敷地境界が不明です

さてどうしましょうかねぇ。

場所は博多の町家地区の端っこ。
昔はいわゆる長屋形式の住宅だったらしく、それを取り壊す際に、
所有者毎に土地を分筆して、それぞれに家を建てていったらしいのだが、
いかんせん間口が狭く、結局ギリギリ一杯に建ててしまったらしい。

当敷地の建物はRCで、両隣より先に建てた。
敷地境界と外壁の間は一番狭いところで縁石分(約100mm)空けていた。
これがすでに後から建てる隣の事など全く配慮していない訳だが、
まあ何らかの取り決め的なものはあったのかもしれない。

そこにあとから隣が木造でギリギリに建てる。
木造の側の外壁は仕上げることが不可能なので、
適当に作って屋根を塞いで雨仕舞いをする。

まあこんな感じで建物と建物がくっつくのだが、
隣から延びてる軒や雨仕舞いの板金が越境するのは仕方がないとして、
そもそも基礎や柱が境界内に納まっているのかもすでに謎だ。

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さらにその後、隣が増築するのだがそのとき、
こちらの外壁と境界の間が広いところも同じ調子で
こっちの建物ギリギリに建てたのだ。

これがその隣の増築部分(写真上)と当敷地の建物(写真左)。

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裏の建物(写真右)の敷地境界とは本来一直線に繋がっていて、
左側では当敷地の建物と上の境界との間は300ほど空いてるはずなのだが、
隙間は100しかなく増築部分が歪に張り出している。
資料から想定される敷地境界は、上の建物の壁面から200ぐらい奥にあるのだ。


とにかく、この建物を解体した段階でちゃんと測量し直さなきゃなのだが、
想定通りだったとして、隣の家を壊せとも言えないだろうし、
かといって将来ずっと越境したままという訳にもいかないだろうし、
どう整理しておくのが良いんだろう。